| 気候
プーケットは主に季節によって様々な方角から吹くモンスーン(季節風)の影響を受ける、湿度の高い熱帯性気候です。3月から9月の間、太陽が赤道上を通り、東南アジア一帯を直撃するので、インド洋よりも陸の方が暑くなります。これがプーケットやタイ南部の海から湿った暑い空気を引き込み、南西モンスーンの雨を連れてきます。4月の半ばまでには、風は主に南西から吹き、とても湿気が多くなってきます。
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| Northeast Monsoon |
Southwest Monsoon |
5月中は、平均25日も雨が降り、一年中で最も雨の多い月です。地球の傾きが南の赤道の直射日光をもたらし、インド洋が熱せられることによって南から東南アジアの国々にまたがる高地から涼しくて乾いた北東のモンスーンを引き込みます。10月に風向きが北西に変わり、その北西の風がタイの東海岸を吹き荒れ、インド洋に戻るので、プーケットは短い間強烈な雨期にみまわれます。11月半ばに、どういうわけか涼しく、乾燥した気候になり、3月まで天気はどんどん暖かくなり、次のモンスーンの始まりまでにどんどん湿度が上がってきます。モンスーンの季節にプーケットを訪れることはあまりお勧めしません。なぜなら、午後のにわか雨を除いて、ほとんど雨の日が続くからです。年間降水量は平均2540
ミリ (or about 100 inches)です。
人々
人口は200、000人。人口がかたまっているのは島の反対側、パトンビーチの東側に位置するプーケットタウンで、約63,000,人が住んでいます。西側の人口は一年を通して、その時々で変動します。居住者は本土から移住してきたタイ人、スズ採掘のためにやってきた中国人、多くがゴム農園で働いているイスラム教徒やマレーシアの血統の人々、1000年以上この地を支配してきたカオナムや、海のジプシーなどです。
現在中国人はこの島の人口の35%を占めています。彼らはバンコクやタイの他の地域に定住した中国人とは異なり、シンガポールやマレーシアに定住した人々のように中国の福建地方からやってきました。アジアのどこでも、中国人の多くが安い労働力を提供する立場から商人変わっていきます。中国人は土着のタイ人と異種族結婚をし、タイの文化にしっかりと同化しています。今日そういった初期の中国人定住者の子孫はこの国の貿易や商業の多くを担っています。
インドネシア―マラヤ文化の影響はタイ南部の人種構成、言語、芸術、宗教において今日でも目に見えて明らかです。プーケットに住む約35%のタイ人がイスラム教徒です。ほとんどがスリンやその他の村に集中していて、米やゴム農園で働いてます。それから、タイとマレー言語では、古代マレー語の方言である“ヤウィ”もよく使われます。
プーケットに住む最も興味深いグループは海のジプシーです。伝統的に入り江から入り江を旅する放ろうの民で、魚や他の資源を使い果たすまで定住します。それから入り江に沿って移動し、このサイクルの繰り返しに戻る前に、以前の生態バランスをまた作り上げます。海のジプシーはインドとブルマの間のアンダマンとニコバル島が起源ではないかと言われています。たいてい黒い色の皮膚と黒い巻き毛です。彼らの固有の言語を話し、独自の精霊崇拝をしています。
海のジプシーは3つのグループから成っています。モケンはいまだに先祖代々続いているの海を放浪する生活スタイルを好み、たいていプーケットの北側にいます。オラングラウトとモクレンは沿岸地域に定住しています。プーケットには3つのジプシーの村があります。ラワイにある一つは最も古いものだと考えられていて、毎日バスに載った旅行者の一団が訪れます。もう一つの村はプーケットタウンから北に8kmの所にあるサパム海岸にあり、3つめはプーケットタウンからの橋で行けるシレイ島にあります。
君主政治
王、王妃、王室はタイの国民から心から尊敬されています。ほとんどの家庭や企業は目立った所に一枚かそれ以上の王様や王室の写真を飾っています。もしも王室を尊敬していないような態度をとると、タイ人に理解されず、深刻な問題を引き起こすでしょう。もしあなたが滞在中に映画を見に行ったら、国王のポートレートがスクリーンに映し出され、国歌が流れます。その間あなたは立ち上がって、尊敬の念を表し、しばらくそのまま起立していた方がよいでしょう。
社会の慣習
タイはその寛容さと親切なもてなしのため“微笑みの国”として知られています。シンプルなルールはあなたが誰かに微笑んだら、その人はあなたのことを好きだということです。スマイルは‘ありがとう’やちょっと困ったときの‘すみません’の代わりになる簡単な方法です。スマイルは小さな子供達の挨拶やホテルのスタッフへの感謝への礼儀正しい応答でもあります。この“ゴールデンルール”はタイだけでなくみなさんのご家庭でも役に立つでしょう。それでも、あなたが遭遇する“カルチャーショック”を乗り越えるために知っておくべき簡単なリストをご紹介します
- もし、タイの家庭に招待されたら、ドアに入る前に、履物をぬぐものだと思っていて下さい。
- 座っているときに足をテーブルの上に上げることは失礼だと考えられています。座る時は足を誰の方にも向けないこと。
- 人に足を向けることはタイ人にとってとても不快です。これは頭が体の中で最も高い(高潔な)部分であると考えられているため、親しげに頭を触ったり、たたいたりすることは失礼にあたります。
- タイ人が信じている"Jai yen" または“冷静な心”はこういった問題を解決してくれるでしょう。
お寺を参拝する
タイ滞在中の最もおもしろい文化的なアクティビティーの一つです。観光客は歓迎され、失礼にあたらないようにであれば、写真を撮ってもかまわないでしょう。靴はお寺に入る前にぬぎ、半ズボンや肌を露出する服は避けた方がよいでしょう。
僧侶はタイの社会では最も重要な人々で、常に敬意を払われています。僧侶の貞節の誓約のため彼らは女性に触ったり、触られたりすることを禁じられています。女性はたいてい僧侶に会ったら、ほほえんで、かすかにお辞儀をすること、僧侶や彼らの法衣に触らないように十分な距離をとることを忠告されています。
寺の観覧は涼しい季節の間に(11月から3月初め)に寺の維持費をまかなうために行われています。寺の観覧はとてもおもしろいです。たくさんの食べ物を伴ったお祭りの雰囲気と普通のタイの人々が楽しんでいる所を見ることができます。
もし早起きして、日の出を見に散歩をしてみたら、食べ物をもらいに、歩き回っている僧侶達を見ることができるでしょう。
僧侶はボウルを持って、食べ物を提供してくれるタイ人(たいてい女性)に近づいていきます。(奉納)タイは仏教国であり、この儀式は国中の至る所で毎日見られます。
カオプラタエ国立公園
プーケット最後の自然保留地で、岩の上にしだやこけが生え、垂れ下がった木の幹と空に向かって真っ直ぐ延びている均整のとれた広葉樹のある美しい場所です。椰子の木や他の密林は太古からの青々と生い茂る森の荘厳な感じを与えながら、育っています。この公園は1980年7月に自然保留地として指定され、22キロ四方以上の太古の熱帯雨林をカバーしています。この公園は、たくさんの種類の木々と、地球上でここにしか生えていない特別な椰子の木の一種である‘ホワイトバックドパーム’で有名です。痩せザル、サル、吠鹿、野生のイノシシ、リス、多数の種類の鳥類と両生類を含む、多くの種類の野生動物が未だにこの公園で見つかっています。この公園は島の重要な水源で、公園内の小川は2つの滝の流れに注いでいます。
トンサイ滝は小さいですが、雨期には惜しげもなく流れています。周囲の大きい木も小さい木も休憩やピクニックを楽しむのに適した日陰を提供しています。公園本部から地図をもらい、自然の山道のウォーキングを楽しんで下さい。バンペー滝は小さくてちょろちょろ流れていますが、水が滝のように丘を流れ落ちる雨期にはとても印象的です。トンサイの上の地形をトレッキングして、公園のスタッフによって維持されているたくさんの自然の山道を楽しんで下さい。
公園の所有物のいくらかは、捕まったギボン(インド、南アジア産の手長ザル)を自然にもう一度戻すことで、有名なギボンレハビリテーションプロジェクトのために使われています。何年もの間、ギボンはペットとして飼われ、島のバーや娯楽場で、旅行者を楽しませるために訓練された物もいました。この習慣は現在では禁止され、ギボンプロジェクトはギボンの数を維持し、彼らを自然界に再適応させるために始まりました。
言語
ちょっとでもタイ語を話してみようとすれば、多くのタイ人から暖かいスマイルと尊敬を受けるでしょう。タイ語は音色の言語で、トーンを少し上げたり下げたりすることによって言葉の意味が変わってきます。たとえば“私の”という言葉には5つの異なる意味があり、全て発音のトーンによって使い分けます。
タイ語では男性と女性で少し語彙が違います。男性語彙のme’ 若しくは ’I’はポムで、女性語彙のそれはディチャンです。タイ語では常に話し言葉に敬語を入れるので、男性は文章の最後にタイ語のカップを女性はカ−を付けます。直訳するとたいした意味はないのですが、タイ人にとっては非常に大切な言葉なので是非使った方がよいでしょう。
ファランはあなたの滞在中に最初に耳にする言葉でしょう。タイ人はこの“ファラン”を白人または、彼らに関連するもの(例えば、西洋料理はアハン ファラン)を意味するのに使います。この言葉は普通、タイ史の中の初期のギリシャから訪問者、有名なコンスタンティアヌス一世の名前、ファルコンの発音に由来すると信じられています。
プーケットタウン
百年と少し前に、すぐ近くのスズ鉱山とプーケット近くの港に必要な物を提供する中国人とマレー人の商人によって建設されました。ここは昔からの首都タランよりも大型船の操業に適していました。町のにわか景気と町の大部分を破壊した大火事によるつけにも関わらず、プーケットタウンは島の商業、社会、政治の中心として成長し、繁栄しました。
20世紀の始めはプーケットの明るい成長の時期でした。スズ採掘ブームと、有能で慈善的な政治家ラサダコルシンビが島の経済事業を広げ、現代への発展を始めました。プーケットの町は急速に発展し、道には立派なビルが建ち、世界中からの船が活気のある港に押し寄せました。
今日プーケットタウンの主要アトラクションは古い中国とポルトガルの建物、精巧な中国とタイのお寺、パブリックマーケットです。プーケットタウン中心のほとんどの建物は約100年前、最初の大きなスズのブームの時に建設されました。これらの建物は中国と西洋の建築のミックスで、中国―ポルトガル風と言われます。これはマレー半島全ての海岸のスズ鉱山居留地に共通しているスタイルです。特徴として、この建物は縦長で、入り口にはかわいい格子が着いています。たくさんのこのかわいらしい建物はディブクロードで見つかります。もしあなたがここをうろうろしていたとしても、きっとこれらの重要な建物を見過ごしてしまうでしょう。プーケットタウンホール、州立裁判所、ナコーンルアン銀行はこの建築スタイルのよい例です。プーケットタウンの最古の公共の建造物は、国会議事堂で、今世紀初頭の建築のすばらしい例です。映画ファンの方はこれがキリングフィールドの‘アメリカ大使館’だとわかるはずです。
ここ何年かプーケットは急激な発展をしていますが、多文化のルーツに由来するその独自の趣を維持しようと努力しています。プーケットタウンの景観を十分楽しむには、町の北側のラングヒルに登ってみましょう。
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